最判平成28年3月1日(民集70巻3号、判例時報2299号32頁)

【事例】

認知症にかかった事理弁識能力を喪失していた当時91歳の男性Aが線路内に立ち入り、列車内に衝突して死亡した事故によって被った損害について、旅客鉄道事業を営むXがAの妻Y1及び長男Y2に損害賠償請求した事案です。
原判決は、夫婦の扶助義務(民法752条)を根拠として、XのY1に対する請求を一部認容し、Y2に対する請求は棄却しました。

ニュースでも報道され、大変話題になった事案です。
最高裁は、結論としてXのY1に対する請求も否定しました。

【判例の要点】
①精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできない
②法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条1項が類推適用されると解すべき

【結論】
・Y1は、精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない
・Y2も、精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない

【コメント】
原審の名古屋高裁が認知症の夫を介護していた妻に対する責任を認めた(請求:719万7740円)ことが大きな話題となりました。

原審が妻に対する責任を認めた理由は、概ね次のとおりです。
・同居の配偶者は、夫婦の協力及び扶助の義務(民法752条)の履行が法的に期待できないような特段の事情のない限り、精神障害者となった配偶者に対する監督義務を負い、民法714条1項の法定の監督義務者に該当する。
・認知症の夫が外出することがあったのに、出入り口にセンサー付きチャイムを設置するなどの容易な措置を取らなかったことに照らせば、監督義務者として監督を怠らなかったということはできない

これに対し、最高裁は、民法752条の義務は、一方に作為義務を課するものではなく、抽象的なものであるから、同居の妻は法定の監督義務者であることを基礎づける実定法上の根拠はないし、法定の監督義務者に準ずべき者にもあたらないとしました。この理屈は、配偶者だけでなく、単なる保護者は成年後見人である場合でも同様に妥当し、原則として責任が否定されると考えられます。

ただし、積極的に監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情がある場合には責任を負うということも合わせて判示しているので、たとえば介護付き有料老人ホームのように、お金をもらって監督を引き受けているような施設で同様の事故が起きると、責任は免れられないということになりそうです。

そういった施設は、事故が起こらないような体制の構築が必要かと思います。