判例時報2295号(平成28年7月21日号)について,井垣孝之が興味を持ったものをピックアップしています。判例時報に掲載されているすべての判例・裁判例を紹介するとは限りません。
判例・裁判例のタイトル冒頭の◎は最高裁の判例,●は高裁裁判例,○は地裁裁判例です。
○会社の元取締役後が解任後に占有していた会社の内部文書について、所有権に基づく引渡請求が認められた事例(東京地判平成27年8月21日)
巨人の清武元代表が渡辺恒雄氏を告発した、いわゆる清武の乱の派生事件です。
他にも各種損害賠償請求訴訟が両者の間で勃発していましたが、一応巨人側が勝つ形で終わっています。
本件で問題になっている内部文書(以下「本件物件」といいます。)は、ドラフト指名選手間の契約に関する資料などです。
訴訟では、本件物件を清武氏が占有しているか、巨人側は本件物件を所有しているのかということが争点となりました。
裁判所は、本件の経緯を詳細に認定して、いずれも認めました。
実務的にはかなり難易度の高い立証だっただろうと思います。というのも、本件のような問題は、一般的に会社の取締役が会社の営業秘密などをコピーしてデータや紙で持ち出すというような形でよくある話ではあるのですが、そもそも何をコピーして持ち出したのかの特定ができず、返還請求するのであれば「お前が占有しているこれを返せ」と具体的に特定しないといけない上に、それが「会社の所有である」と会社側が立証しないといけないからです。
本件では巨人側は清武氏の事務所に、資料の占有移転禁止の仮処分を得た上で本件訴訟を提起していますが、なかなか大ごとになることは間違いありません。
○M&Aにより取得したベンチャー企業が不渡りを出して損害が発生した場合でも、買収した会社の取締役及び監査役に善管注意義務違反がないとされた事例(東京地判平成27年10月8日)
取締役の経営判断の結果、会社に損害が生じた場合、株主は取締役に対し、会社に損害賠償するよう請求することができます(会社法423条)。
もっとも、その損害賠償の判断においては、経営判断原則により、原則として取締役は賠償責任を負いません。例外的に賠償責任を負うのは、前提事実の認識または意思決定の過程が著しく不合理といえる場合のみです。
本件では、X社が、平成15年12月24日、A社の募集株式を引き受けることを取締役会で決議して約8億を払い込みましたが、翌年4月にA社が二度目の不渡りを出して銀行取引停止処分を受け、8億の損害を被ったというものです。
本件におけるA社はベンチャー企業で、株式取得当時は市場規模が成長するとみられていたこと、A社の設立者が「日本イノベーター大賞」をとっていたなど注目されたベンチャーだったということなどを踏まえて、買収する経営判断は著しく不合理とはいえないと判示しました。
しかし買収して4か月後に倒産するような会社の財務状況の問題に気づくことはできなかったのか?・・・という株主側の気持ちはよくわかる事件ですね。