昨今、法務部員の人材不足や、急な退職・休職などにより、AI契約書レビューサービスの注目が高くなっています。また、弊所では法務部門や契約書チェックのアウトソーシングサービスを提供しているのですが、お問い合わせいただく中で、AIによる契約書チェックの検討もされている企業様も、少なからずおられます。
このような企業様は、法務にコストをあまりかけられない会社が多いです。しかし、結論を先に申し上げておきますと、社内に法務の素養がある人材がいない企業が、AI契約書レビューサービスを弁護士や法務部員のリーガルチェックの代わりに使うことは、現時点(2013年時点)はもちろん、10年後であってもやめておかれた方がいいでしょう。
なぜなら、AI契約書レビューサービスは、法律的にも、技術的にも、弁護士等の法律の専門家の代わりにはなれないどころか、そもそもAI契約書レビューサービスを開発している会社自身が、「法律の専門家のサポート」用として開発しているためです。
この記事では、AI契約書レビューサービスは何ができるのか、逆に何ができないのかについて、実際の経験に基づいて書きたいと思います。
- AI契約書レビューサービスと弁護士によるリーガルチェックの比較
- AI契約書レビューサービスの導入が効果的な企業の特徴
AI契約書レビューサービスができること・得意なこと
AI契約書レビューサービスができることをざっくり3つにまとめると、次のとおりです。
- 法令や雛形に照らして抜け漏れがないかのチェック
- 誤字脱字や表記ゆれがないかのチェック
- 不利な可能性がある条項の指摘・修正提案
他にも雛形の提供や過去の契約書から条文を検索したり、自社で使う文言を保存しておけたりする機能があったりしますが、AIによって実現している主な機能は以上の3つです。
この3つの機能には共通点があって、いずれも「形式的なチェック」であるという点です。これこそがAIの強みであり、逆にこれ以上のことはできないということを意味します。
AI契約書レビューサービスは、法律と技術の限界を超えることができないという大きな課題を持っているのです。
AI契約書レビューサービスができないこと・苦手なこと
次に、AI契約書レビューにできないこと・苦手なことについて、法律上の限界と、技術上の限界という観点からお話していこうと思います。
AI契約書レビューサービスの法律上の限界
AI契約書レビューサービスは、弁護士法72条との関係で、できることに限界があります。弁護士法72条は、弁護士又は弁護士法人ではない者(=AI契約書レビューサービスを開発する株式会社)が、「報酬を得る目的」で、「訴訟事件・・・その他一般の法律事件」又は「鑑定・・・その他の法律事務」を行うことができないからです。
(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)
第七十二条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
弁護士法
具体的に何が法律上禁止されるかについては明確ではなかったのですが、2023年8月に、法務省から「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」という指針が発表されました。
「法律事件」とは、法律上の権利義務に関して争いがある場合や、新たに権利義務関係を発生させる案件をいうところ、一般的な契約書作成の場面(紛争における和解契約を作るといった場面ではない場面)においては、AI契約書レビューサービスが問題になることは少ないと思われます。
他方、「鑑定」とは、法律上の専門的知識に基づいて法律的な見解を述べることをいうので、AI契約書レビューサービスが契約条項についてコメントする機能は、まさに「鑑定」にあたり、弁護士法72条に違反する可能性が高いです。上記指針においても、個別の事案の経緯や背景事情などを踏まえた契約書をAIが作成したり、作成はせずとも実質的に個別事情を踏まえた雛形を提示したりするようなサービスは、違法となる可能性が高いとしています。
逆に、AI契約書レビューサービスが、雛形と照らし合わせて、似ている部分や異なる部分を表示したり、一般的な解説コメントを表示したりするに留まる場合は、「鑑定」にあたらない、としています。
ポイントは、「AI契約書レビューサービスが、個別の事案に即した契約書を作ったり、背景事情を踏まえた修正提案をしたりすることは、弁護士法72条に違反する」という点です。後で詳しく述べますが、個別事情を踏まえない契約書は、ほとんど意味がありません。
さらに言えば、仮に弁護士法がなかったとしても、個別事情を踏まえた契約書を作るというようなことをAIで実現するのは、技術的に大変難しいのです。
AI契約書レビューサービスの技術上の限界
現時点において(そしておそらくこれからも)、AI契約書レビューサービスが技術的に実現することが難しい機能は、次のようなものです。
- 曖昧な文言を適切に修正すること
- 具体的な案件との関係でリスク・リターンを踏まえた文言修正の判断をすること
- 個別事情と契約書の条項の整合性を取ること
順番に解説します。
①曖昧な文言を適切に修正すること
「文言が曖昧」という判断をAIがすることは、実はかなり難しいです。なぜなら、「文言が曖昧」とは、文言が具体的に現実世界に存在するものの何を指しているのかが不明確ということであり、AIは現実世界に存在するものを認識できないからです。
また、読み手の素養や前後の文脈などから、同じ文言であったとしても明確に何を指しているのかを特定できるということもあるので、曖昧かどうかはかなり相対的という問題もあります。
実際に、とあるAI契約書レビューサービスが認識できなかった曖昧な文言をご紹介します。
私がチェックしたある会社の人材紹介契約書なのですが、紹介手数料は「理論年収」に手数料率をかけて算出するという条項になっており、「理論年収」の定義が、「月次給与の12ヶ月分、賞与及び諸手当の合計額」と書かれていました。
しかし、「月次給与」が何を指すのかは、定まった定義があるわけではないですし、よく考えるとよくわかりません。給与明細の基本給(額面額)、総支給額、差引支給額(手取り額)など複数の可能性があり得ます。
このような可能性に思い至るためには、実際の給与明細がどのような項目になっているかをあらかじめ把握した上で、「月次給与」という文言と照らし合わせたときに、「どの金額が月次給与?」という疑問を持てる必要があります。
通常、人材紹介契約書では、紹介フィーの額に直結するので、月収や年収は様々な書き方で厳密に特定できるように書かれていますが、この契約書では特定できなかったため、特定するように修正依頼をしました。
合わせて、クライアントにAI契約書レビューサービスで同じ契約書をレビューしてもらったところ、上記の点は完全にスルーして、形式的な文言の追加しかできなかったのです。月収の条項は、紹介フィーの額に関わる重要な条項であるため、このAI契約書レビューサービスは致命的なミスを犯してしまった、ということになります。
これは、AIは、現実の給与明細がどのようなものかを理解していないか、仮に理解していても、「月次給与」という文言と実際の給与明細を結びつけることが技術的にできないからと考えられます。AIはそもそも曖昧な文言を認識できないため、修正することもできません。
そして、曖昧な文言は紛争の元なので、その修正ができないということは、契約書チェックにおける重要な機能を果たせないということを意味します。
②具体的な案件との関係でリスク・リターンを踏まえた文言修正の判断をすること
AIは、リスクやリターンの判断をすることはできません。なぜなら、リスクやリターンという概念は価値判断そのものであり、価値判断は特定の状況に置かれている、その人間の価値観に依存するため、AIが代替できない思考だからです。
契約書は、リスクとリターンの塊です。そして、すべての契約は、相手方が存在し、具体的な背景事情があります。したがって、全く同じ契約書であったとしても、その契約のリスクとリターンは異なります。
たとえば、ベンチャー企業が非常に有名な大会社と初めて取引する場合、そのような相手と契約できること自体が大きなリターンなので、多少のリスクは飲むはずです。他方、金額も小さいし、積極的にお付き合いしたいわけでもない企業との契約であれば、リスクが大きくなるような修正には応じたくないでしょう。
ではAIに相手方の名前をインプットしたとして、相手方から提示された修正内容をどこまで応じるかという点について、AIは判断できるでしょうか?
こんなことがもしできると弁護士法72条に違反するという点はさておいたとしても、どこまで修正するかというリスク判断はまず無理でしょう。それを可能にするためには、「この相手方」と契約することの、「その会社」にとっての意味合いをAIが理解した上で、文言に落とし込めるようにする必要がありますが、これは非常に難しいです。
しかも、実際のリスク判断は契約の相手方がどんな会社かという要素だけではないので、実際にAI契約書レビューサービスが具体的な案件との関係でリスク・リターンを踏まえて契約書チェックをすることは、不可能だろうと思います。
③現実の個別事情と契約書の条項の整合性を取ること
AIは、現実にある個別事情を踏まえてなにか対応するということが非常に難しいです。なぜなら、事前に現実の個別事情がAIにインプットされていることはまずないし、インプットすることは難しいからです。
たとえば、ほとんどの契約書には、支払方法の条項があります。請求書はいつまでに発行し、月末締め翌月末払い、銀行振込で支払う、といった条項です。この条項をチェックするには、会社の請求フローに関する個別事情を事前に把握しておく必要があります。請求書がいつまでに発行できて、支払いサイトはどれくらいでなければならない、といった事情です。
請求書がいつまでに発行できるかは、請求書の発行のために具体的にどんな作業が必要になるかも確認する必要もあります。その作業の内容は、案件次第です。請求金額を出すために集計が必要なものは1週間かかるかもしれませんし、ただ発行するだけなら1日で大丈夫かもしれません。
こういった個別事情を、すべての条項についてAIに入力することは、まず無理でしょう。そもそもそんな手間を掛けるくらいなら普通に専門家がチェックした方がはるかに楽です。
さらに、実務的にはちょいちょいあるけれども、AIができないことでもっと困ることがあります。それが、「この案件で結ぶべき契約書はこれじゃない」という問題です。
たとえば、請負の事案なのに準委任契約の契約書を巻こうとしているとか、契約の当事者が間違っているとか、そもそも契約を結ぶ必要がない(結ぶべきではない)というような場合です。これも個別事情がインプットされていないAIが適切に判断することはまず不可能です。
個別の事案に即した契約書を作ったりすることは弁護士法72条違反という話をしましたが、それ以前に技術的に実現することが困難なのです。そして、個別事情において必ず契約書に反映させないといけない事情がある場合、AI契約書レビューサービスはそれに対応できないため、その点においては致命的な問題を引き起こしかねないという課題があります。
今回は、AI契約書レビューサービスにできることとできないこと、法律的・技術的な課題について解説しました。
次回第2弾の記事では、企業の法務担当者が検討することが多い「AI契約書レビューサービスと弁護士によるリーガルチェックの違い」についてお話していきます。よろしければご覧ください。
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